ITエンジニアに向けた「書評:独学大全」
「独学大全」を読みました。
独学に使える55の技法について取りまとめた本で、見ての通りのボリュームの一方、
各技法の解説は長くて10ページほどに凝縮されているので、ひとつの手法を200ページ近くに薄めて解説する凡百の勉強本とは違って、驚くほど読みやすいです。
事典として使われることを想定しているようですが、読み物としても非常に面白く、通読と精読1の両方で読み通しました。
各所で絶賛されているように素晴らしい本だったのですが、この本の書評は僕より何十倍も読書好きで文章の上手い人たちがたくさん書いているので、今回はITエンジニア向けに書いていきたいと思います。
ITエンジニアには向いているか
おそらく、このブログを読んでくださっている方にとっては一番気になる情報じゃないでしょうか。
単刀直入に言いますと、「独学大全」はエンジニア向きです。なぜなら、人によって程度の差こそあれ、ITエンジニアは独学者だからです。
ITエンジニアは独学者である
本書序文の書き出しで述べられている独学者の定義は以下のとおりです。
独学者とは、学ぶ機会も条件も与えられないうちに、自ら学びの中に飛び込む人である。
読書猿(2020). 独学大全 ダイヤモンド社 p.8
変化の速いIT業界に身を置くというのは、半ば学ぶことを強いられているようなものです。
目の前の問題を解決する手段が刻一刻と移り変わっていくので、昨日使った手段が今日使えるとは限りません。
手持ちの手段が使えないとわかると本を開くなりググるなりして必要な情報を見つけ出し、リファレンスを引きながら読んで解釈し、 手元で試して有効性を確認し、製品となるコードに組み込んでいく、というのが我々のお仕事です。
そんな職業をわざわざ選んでいる好き者なのですから、ITエンジニアは皆「自ら学びの中に飛び込む人」といって差し支えないのでないでしょうか。
直接役立てるのは難しい部分も多い
かといって、明日の仕事にいますぐ使えるような本かと言われればそうでもありません。
「独学大全」では学術情報の探索に重きをおいているため、第2部では図書館で資料収集を行い適切な資料を選び出す方法、第3部では集めた書籍・論文を読んで学ぶための方法が書かれています。
しかし、我々が集めるべき資料はそれだけではありません。
ソースコード、公式ドキュメント、企業や個人のブログ記事まで集めて読まなくてはなりませんし、 知りたいことが単語レベルで解決することが少ないため、日々の情報収集で技術の概要を掴んでおくことが情報収集の省力化の鍵となります。
それに、学び方でいえば「手を動かす」ことが必要不可欠です。
チュートリアルをこなしたり、中身を変えて動作を確かめたり、プロコンの問題を解いたりするのは勉強法として欠かすことができません。
これらを鑑みると、本書はどうしても片手落ち感が否めません。
問いを持って読む
しかし、「なぜこの技法が理解を助けるのだろう」という問いをもって本書を読んでいく2と、たちまち有用な本に変わります。
図書館での資料収集の方法からは知的生産の流れを捉えて下流から上流へ遡ることを。
資料の速読法からはドキュメントや記事、ソースコード、そしてもちろん書籍の構造と概要の掴み方を。
そして精読法からは「注釈をつけながら読む」「中身を理解しつつ筆写する」というソースコードリーディングの王道の方法を読み取ることができます。
つまり、ITエンジニアがこの本を最大限活用するには、よく読み込んでエッセンスを抽出しなくてはならないのです。
読み物としても面白い
そんな時間を捻出できる人は多くはないと思うのですが、ご安心ください。本書、読み物としても面白いです。
必要な箇所だけ拾って読もうとするとすいすい読み進めてしまい、気がつけば全部読んでしまうこと請け合いです。
各技法の項は技法の説明→技法の解説という二部構成なのですが、解説で語られるのは「その技法がなぜ良いか」だけではありません。
解説で語られているのはその技法にまつわる物語です。
独学者が陥りがちな罠に共感した上で、原因を分析して相対化して対処法を練り上げ、ひとつの技法としてまとめる過程が読み取れるようになっています。
これによって著者の苦労を追体験し、「罠にハマったのは自分だけではない」と勇気づけられるような感覚が湧き上がってくるのです。
それだけでなく手法にまつわる偉人の逸話も豊富に掲載され、伝記をめくっているような感覚になる箇所もあります。
そのまま使える技法もいっぱい
もちろん、そのまま使える技法もいっぱい載っていますので安心してください。
特に、
- 学習を習慣化した上で学習自体を学習のモチベーションにし、挫折防止までカバーした第1部すべて
- 書籍を読む際に素早く概要を掴み、積ん読を防ぐための速読法「掬読」「問読」
- 「わからない」にぶつかった際のフレームワーク「わからないルートマップ」
あたりはエンジニアにとっても出色だと思います。
ITエンジニアにとって「独学大全」とは何であるのか
繰り返すように、「独学大全」はITエンジニア向けです。
そう主張する理由は上記のように有用であるだけでなく、学び続けることから逃れられない我々に寄り添って励ましてくれるような本だからです。
日々の業務に忙殺されて時間が取れないとき、自分より若くて凄いエンジニアを見て凹んだとき、バグが全然取れなくて頭を抱えているとき、書籍の内容から目が滑って絶望するとき、 いずれも僕の実体験ですが、そんなときに本書を開くと、ぶつかった問題に対する強力なヒントが書かれています。
そして技法から解説へと読みすすめるうち、本書で述べられる「学ぶことは自分のバカさ加減に付き合うこと」3というフレーズをいつしか思い出し、壁にぶつかった自分を肯定して前向きな気持ちになることができるはずです。
なんだかスピリチュアルな文章になってしまったのですが、それは読書猿氏が、本書に独学者への共感と知的生産者へのリスペクトをこれでもかと乗っけた上、巧みな文学的表現で味付けして書いているからではないかと思います。
独学せざるを得ない状況に自ら身を置き、プログラミングという知的生産を生業とする人間には、否が応でも響いてしまうのでしょう。
「事典」を標榜している本書が文学的表現をふんだんに使っていることには批判する向きもありましょうが、それ以上に読む者(=独学者)の胸を打つような内容が数多く含まれているのです。
そして、本書は「読書猿そのもの」4だそうです。
熱い文章にただ熱くなるだけでなく安心感を覚えるのは、博覧強記の読書猿氏がついていてくれるという気分になれるからなのかもしれません。
まとめ
- 独学大全はITエンジニア向け
- 内容の一部は合わない部分もあるが、エッセンスを抜き出すと有用
- 学び続ける人に寄り添って励ましてくれるような本
そんなわけで、ベタ褒めでした。
折に触れて事典のように引いて、繰り返し読んでいきたい本です。ご興味持った方はぜひご購入を。