「プロダクトマネジメント - ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける」を読みました。
@ryuzee さんの手による新たな訳書が出るというお知らせをTwitterで見かけ、その場で予約購入。積ん読していたのですが、バックログで順番が回ってきたので手に取りました。
すごく良いことの書いてある本なのですが、薄さに反して読むのが大変な本でした。。。
プロダクトマネジメント ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける
— expa / Shu OGAWARA (@expajp) 2021年3月13日
読み終わった
めっちゃ良いこと書いてあるのに読み通すのがかなりつらい本だった。。。
ちゃんとブログにまとめて供養しよう pic.twitter.com/Sz9qteG6Su
本記事では、
- どんな本なのか
- どこが良かったのか
- なぜ読みづらいと思ったのか
- 本書にチャレンジする人のために
を書こうと思います。
どんな本なのか
本書は、事業会社におけるプロダクト開発・運用にかかわるすべての人たちに向けた本です。
この手の企業が陥ってしまいがちな「顧客に届ける価値ではなく作る機能に集中してしまう」落とし穴をビルドトラップと名付け、企業全体としてプロダクト主導組織になることこそが脱却方法であると説いています。
プロダクト主導組織とは、顧客に届ける価値に最適化し、ビジョンにあわせてプロダクト戦略を調整する組織です。本書では、戦略を展開してプロダクトに反映していくプロセスと、そこでプロダクトマネージャー(PdM)が果たす役割が書かれています。
また、それに沿ってPdMが目指すべき人物像やキャリアも示されています。
どこが良かったのか
「ビルドトラップ」という概念を提唱したこと
「ぼんやりとした概念に名前を与え、認識可能にした」という時点ですでに大きな発明ですが、プロダクトを運用する組織が目指す道筋を一本道にしたという意味でも偉大です。
本書の主張は「プロダクト主導組織でなければビルドトラップに陥る」なので。
プロダクトを運用する組織の様々なアンチパターンを示した
読みながら前職や現職の経験と重ね、「あぁ……あるある」と思うことが多かったです。
第4章「プロダクト主導組織」が特にわかりみが深く、セールス主導・ビジョナリー主導・テクノロジー主導について語られた箇所は様々な企業にマサカリをぶんぶん投げまくるような内容で、しかもたったの3ページしかないという密度の濃さ。痛快です。
ビジョンに沿ったプロダクトを作る方法が細かく解説されていること
本書で最も丁寧に解説されているのはこの部分です。企業のビジョンを時系列・職責と重ね合わせて展開するのはシンプルで美しくて感動しました。シンプルであるということは理解しやすく汎用性が高いということでもあります。
また、各展開の過程もきちんと示されているのが非常に好印象です。
経営層が扱う「ビジョン」「戦略的意図」は他2つと比較して言及が薄いですが、PdMの職責から外れる上、おそらく経営学の扱う領域であることから違和感はありませんでした。
仮説検証の過程が細かく解説されていること
本書は「エンジニアリング組織論への招待」との対比が面白い本です。
PdMの仕事は「エンジニアリング組織論への招待」で言うところの「目的不確実性の削減」で、同書では仮説検証についてユーザーインタビュー・リーンキャンバスなどの形で触れられていますが(1 pp.215-220)、これをさらに具体化したのが本書の第4部だと言えます。
同書を読んだときには仮説検証をチームが担うことに違和感があった(普段コード書いてるエンジニアが開発投げ出して仮説検証に移るのは難しいよね、となってた)のですが、本書を読んで、仮説検証を(開発チームとは異なる)PdMの職責として理解すれば納得がいきました。
エンジニアリングとは不確実性の削減ですから、PdMの職責もエンジニアリングだと言えます。エンジニアリング組織は必ずしもコードを書く人ばかりで構成されるわけではない、というのを実感できました。
なぜ読みづらいと思ったのか
上記のように良いことがたくさん書いてあって、「ビルドトラップの提唱」という意味でオンリーワンでもある本書ですが、めっちゃ読みづらいです。
私は本書を読むときに「1章ごとに通読→箇条書きで要約作成」を繰り返しながら読んだのですが、読んでいる途中に霧の中をさまよっているかのような感覚に陥りました。
読み終わったあとも本書が何を言いたいのかわからず、要約をもとにマインドマップにまとめ直して内容の関連を検討してやっと腑に落ちる、という初めての経験をしました。
本書の読みづらさの原因は第2部の位置がおかしいこと・「プロダクトのカタ」の説明不足・言葉の選び方に統一感がないことにあります。
第2部の位置がおかしい
本書は5部構成で、各部の内容は以下のようになっています。
- 第1部 ビルドトラップ
- ビルドトラップ・プロダクト主導組織という言葉の説明
- 顧客価値(アウトカム)を重視すべき理由の説明
- 第2部 プロダクトマネージャーの役割
- 良いPdMと悪いPdMの典型
- PdMのキャリアパス
- 第3部 戦略
- ビジョンをもとに戦略を策定し、それを組織内に展開する方法
- 第4部 プロダクトマネジメントプロセス
- 戦略的意図をプロダクトに反映させるための、PdMの実際の職務内容
- 第5部 プロダクト主導組織
- 戦略を組織内に展開するのを後押しする組織の作り方
勘の良い方は気付いたかと思いますが、第2部が「プロダクトマネージャーの役割」なのに実際の職務内容が説明されるのは第4部になっています。第2部では良いPdMや悪いPdMについて説明されていますが、それがなぜなのか第4部を読むまではイマイチわからないのです。
また、「PdMのキャリアパス」は第3部で語られる戦略展開の粒度に沿ったものになっています。これまた、最初から順番に読んでいると全然ピンときません。
第1部でビルドトラップ・プロダクト主導組織を説明し、第3部で組織全体の戦略策定と展開を説き、第4部は第3部から地続きにPdMの役割を語っているので、第2部が入るのはそのあとのほうが良かったんじゃないでしょうか。
実際、第2部の内容は第3部以降でほとんど出てきません。出てくるのは「キャリア」の章で語られる役職の名前くらいなので、頭出し程度の説明でなんとかなったのでは。
「プロダクトのカタ」の説明不足
第15章で「プロダクトのカタ」が説明されるのですが、これが説明不足のように感じました。第4部(15-19章)では全編に渡って言及されるため、この部を読むのが特にきつく感じました。
「プロダクトのカタ」は、以下の図によって示されています。
(2pp. 108)
しかし、「プロダクトのカタ」の説明は、この図に全く沿わずに進みます。第15章の最後で示される「それぞれのフェーズ」として示されるのは、以下です。
- 方向性の理解
- 問題の探索
- ソリューションの探索
- ソリューションの最適化
([^source] pp.110)
図の数字と全く対応していないですよね。16章以降は方向性の理解~ソリューションの最適化を1個ずつ説明しているのですが、その中でも頻繁に「プロダクトのカタに従い」などと言及されるので、片首を傾げながら読んでいました。
書かれている情報を元に整理すると、この図にはちゃんと意味があることがわかります。こんな注釈が必要だったでしょう。
- 「企業のビジョンと戦略的意図」「目指しているものの現状」「プロダクトイニシアティブ」は各フェーズのインプット
- 「プロダクトイニシアティブ」「イニシアティブ/プロダクトの現状」 「オプション目標」は各フェーズのアウトプット
これさえ図に示してあればぐっとわかりやすくなったはずなのですが……
言葉の選び方に統一感がない
これは
- 「戦略」など、特別な意味をもたせている一般名詞が普通に使われている
- 「プロダクトイニシアティブ」など造語を用意しているのに、一般名詞で代替していることがある
の2種類があります。
特に「目標」という単語がどちらにも該当し、会社の「ビジョン」なのか「戦略的意図」なのか「プロダクトのビジョン」なのか「プロダクトイニシアティブ」なのか、文脈的にどうとでも取れてしまう場合があって解釈が難しく感じる状況が多くありました。
他にも
- 後の章で解説する内容がなんの注釈もなしに突然出てくることがある
- 12章で「プロダクトのカタ」が曖昧に紹介され、15章以降で詳しく取り上げることへの言及がない
- 13章の図13-2に第5部の前文(15章の直前)で出てくる内容が載っている
- 「私たちが知っていること、知らないこと」3「チームを構成する」4など、配置に疑問のある章がある
- 「問題の探索」5「ソリューションの構築と最適化」6など、名付けに疑問のある章がある
など、細かいポイントを挙げていくと他にもあります。
結果、構成の不備から全体像の把握がしづらい上に単語選びの不統一が局所理解を妨げるので、ただ通読するだけで理解するのは非常に難しいと感じました。
本書にチャレンジする人のために
散々な言い方をしていますが、良いことが書いてある本なのでそれで本書を避けるのはもったいないです。
そんなわけでおすすめの読書順とそれに従った要約を用意しましたので、本書理解の助けにしてください。 @expajp の拙い読解によるものなので、「ここ間違ってるぞ」とか「やっぱり最初から読んだほうが良いよ」とかご指摘がある場合は遠慮なくコメントください。
おすすめの読書順
1-4章→第3部→5章→第4部→第2部→第5部
この順番で読めば、
- 11章の「計画を戦略と扱うことでビルドトラップにハマる」内容が第1部に近づく
- 5章の「不確実性の解消」の内容がプロダクトマネージャーの実際の業務内容に近づく
- 第2部が第4部の後になり、8章「プロダクトマネージャーのキャリアパス」が戦略展開の過程に重ねて読める
- 9章が組織全体を扱う第5部に近づく
というメリットを得ることができます。
本書は索引が充実しているので、第3部以降で第2部の単語が出てきた場合は索引にあたって意味を調べてください。
おすすめの読書順に従った要約
上記の順番で読んだ場合の要約を書きました。最初から順に読みたい人も、これをざっと読み通してから取り組むと理解がしやすいかと思います。
- ビルドトラップとは「顧客に届ける価値(アウトカム)ではなく作る機能に集中してしまう」こと
- ビルドトラップを回避するにはプロダクト主導組織になることが必要
- プロダクト主導組織になるには、アウトカムを計測し、戦略を組織全体に展開することが必要
- 戦略とは企業のビジョンを実現するための意思決定のフレームワークのこと
- これを適切に組織全体に展開すると、企業のビジョンとプロダクトの整合性が取れる
- 戦略を展開する際には時間軸で4つのレベルに分けられる
- PdMが扱うのはプロダクトイニシアティブより下のレベルで、以下の順に仕事をすすめる
- プロダクトイニシアティブの設定
- プロダクトイニシアティブ実現のための情報収集
- オプションを複数考案
- オプションごとに必要に応じて障害を取り除いたり仮説検証したりする
- ユーザーストーリーの形になったらストーリーマッピングと優先順位付け
- 「プロダクトイニシアティブの設定」という職務内容からわかるように、PdMの仕事は開発チームに「なぜその機能を作るのか」を伝えることである
- PdMとはキャリアであり、戦略展開の上のレベルを扱うように出世していく
- 戦略展開を支えるのは組織の文化であり、コミュニケーション・インセンティブの設定・仮説検証に対する安全性・硬直化していない予算などが必要
まとめ
- 「ビルドトラップ」という概念は大きな発明で、主題も一貫している素晴らしい本
- けど様々な理由でめっちゃ読みづらい
- ただしそれで避けるのはもったいないので、読みやすい順番と要約を準備した
技術的な内容は含まれないため、プロダクト開発にかかわるすべての人に読んでいただきたい内容です。
プロダクトを内製している事業会社の人は全員必読ですし、プロダクトを自社で開発してなくても、ベンダーとやり取りする立場の人なんかには読んでほしい内容でした。
読んでるときはしんどかったですが、確実に読んでよかったといえる本です。
それでは。
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Escaping the Build Trap: How Effective Product Management Creates Real Value (2019). Melissa Perri. O'Reilly Media, Inc. (Melissa Perri 吉羽龍太郎 (訳) (2020). プロダクトマネジメント - ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける オライリー・ジャパン)↩
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第1部にあるが、ビルドトラップ・プロダクト主導組織とは絡まないプロダクトマネージャーの仕事は不確実性の解消であるという話なので、第2部か第4部が適切そう↩
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どの部にも属さない独立した内容だが、第5部直前が導入にもなって最も良さそう。ちなみに第2部を第5部の前に移動すればそうなる↩
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プロダクトイニシアティブ実現の障害になっている問題を見つけ出すことが主題↩