この記事は Engineering Manager Advent Calendar 2024 シリーズ2 1日目の記事です。
management
には直接対応する日本語がない、と言われることがあります。
そのため訳語は文脈によって様々です。一般的には「管理」ですが「経営」とされるケースもあります。ドラッカーの「マネジメント」も経営に関する本ですね。
そんなわけで、この記事ではエンジニアリングマネージャー(EM)が「マネージャーを名乗るからには」と経営学の本を2冊ほど読んでみたという話をお届けします。
なぜ経営学の本を読もうと思ったか
経営学の本を読もうと思い至るにはいくつかきっかけがありました。
まず、自社の経営陣と話す機会が増えたこと。相手の言葉を理解したり自分の意見に説得力を持たせたりするためには、まず目線合わせが必要だと感じました。
次に、チーム施策の引き出しを増やしたいと思ったこと。これまではアジャイルプラクティスを参考にしていましたが、あくまでアジャイルは開発プロセスなのでチーム外との調整や交渉に関する手法は少ないんですよね。
それからもうひとつ。EMコミュニティに新しい軸を持ち込めればと思ったこと。
昨年から今年にかけて都内にEMコミュニティが一気に増え、その多くはOSTなどの手法1で話し合う形式を取っています。EMは社内に壁打ち相手が乏しかったり機密保持のため社外に相談しづらかったりで悩みを抱えがちなので、それはそれで非常に重要な取り組みだと思っています。
一方で「学ぶ」取り組みが少ないことには勝手ながら危機感を覚えます。EMがカバーする分野の広さや個々の背景の違いなどがあって共通のトピックを見出しづらいのは分かるのですが、新しい知見を取り入れないとコミュニティがマンネリ化したり"傷の舐め合い"になったりするリスクが小さくないと思うのです2。
経営学ならば「共通のトピック」になりうるのでは?と思って手を出してみたのでした。
何を目指して本を選んだか
「なんもわからん」ところからのスタートだったので、入門や全体像の把握を意識して本を選びました。
経営戦略全史 3
昨年行っていた「EM Meetup読書会」にて「経営学に触れてみたいので最初に何読めばよいか分からん」と話したらおすすめいただいた本です。
どんな本か
テイラーの「科学的管理法」からスタートして、20世紀以降の経営戦略を大まかな時系列に沿って解説する本です。
「市場を見つけるのが先・組織を育てるのが後」であるポジショニング派と「組織の強みを見つけるのが先・それに合う市場を見つけるのが後」であるケイパビリティ派の争いを経て、ケイパビリティを活かして市場を開拓する戦略(ブルーオーシャン戦略)が生まれ、市場の不確実性が増したことから試行錯誤型の戦略が台頭していく流れをわかりやすく説明してくれています。
各々の経営戦略家が提唱した内容を4-6ページ程度にシンプルにまとめてくれているので、読み進めやすかったです。
読んで良かったこと
まず、聞いたことのあるキーワードがたくさん出てくるので単純に面白かったです。
SWOT分析、イノベーションのジレンマ、コア・コンピタンス、プロダクトポートフォリオ、タイムベース戦略、トヨタ生産方式……ビジネス用語は独り歩きしがちですね。背景を知るのは大事です。
また、最後に出てくる「試行錯誤型の経営戦略」がプロダクトマネジメントのノウハウとしてよく語られる内容だったので源流を知った気分になりました4。
「プロダクトマネジメントのすべて」5や「プロダクトマネージャーのしごと」に書かれているKPIを置いて小さい単位で仮説検証を行っていく手法がどういう経緯で生まれてきたのか分かります。「ワッツの一撃」の章が大事ですね。
あと本書にくり返し出てくる「ポジショニング」と「ケイパビリティ」という概念は応用範囲が非常に広いと思いました。登場人物に多様性があり各々に価値がつく市場がある場合は普遍的に使える考え方です。
もちろん「モノを作れば売れる時代」を背景にしているので、現代の先進国では戦略フレームワークとしてはイマイチです。しかし、限定的な状況では現在でも十分に有効なのではないかということです。
例えば「年収」という形で労働者に価値がつく転職市場、どれだけ利益を挙げられるかがトレーダーの価値となる個別株投資、カードやキャラクターのプールが限定され有利な相手の割合が価値となるTCGやポケモン対戦……
どの例も、環境が刻々と変わる中で適切なケイパビリティを育みながらポジショニングを考え続ける必要がある「戦略的ゲーム」6なので、人生を置き去りにしてのめり込む人がいるのも納得できます。
現代マネジメントの基礎 7
ブクログの新刊通知機能でメールが飛んできて知った本です。
この機能、便利な割に利用者が少なそうなので、皆さんもぜひ。
どんな本か
大学の経営学部で1年生が最初に読む教科書として書かれた本のようです。
実際「みなさんのほとんどは最近まで高校生だったと思います」8なんて文言が登場します。17章構成なので、1回の講義で1-2章進めて1ターム(15回)で完結させる想定なのでしょう。ただ、著者の先生が所属している大東文化大学では教科書指定されていませんでした。採用されるのは来年以降なのかも。
本書は経営学部で一般的に学べることの大まかな全体像を提示してくれています。そのため、取り上げている話題は経営戦略・マーケティング・イノベーション・組織行動論・国際経営・会計学・税法学と多岐にわたります。会計学・税法学に本の半分弱が割かれているのが特徴的。
読んで良かったこと
主要なトピックについて過去の主要な研究とその流れが書かれていて、「マネージャーの教養」を得た気分になれました。
特に組織学習・組織構造・内発的モチベーション・リーダーシップあたりはEMコミュニティで話題に上がりやすい内容9なので、押さえておくと自己解決できたりコミュニティでの議論の足しにできたりするかも。
反対に、EMコミュニティで語られにくいマーケティング・会計・税法なども網羅しているのも良いポイントです。これらの専門家や経営層がどんな力学に晒されているかをなんとなく理解できて視座を上げられた気がします。
あと参考文献がしっかり章末に書かれているので、興味のある分野が見つかればいつでも掘り下げられるのも良いポイントでした。
この2冊を読んだあとどうするか
現在の積読
上記の2冊ののち、積んでいる経営学の本はこの2冊です。
どちらも有名な本なのでご存知の方も多いかと思います。「リーン・スタートアップ」とドラッカーの「マネジメント」です。
ドラッカーは書店で中身を見て「まだ早い」と見送るのを繰り返していたのですが、気付けば自身の解像度が上がっていることに気付き購入を決めました。
また、リーン・スタートアップは前述の試行錯誤型の戦略のひとつでスクラムの源流でもあるため、読んでおきたいと思い購入しました。
物理本は積んでおくことで自身にプレッシャーをかけられますね。
掘り下げたい分野
この記事で取り上げた2冊に加え上記の積読2冊を読むことで、知りたいときに知りたい内容を拾えるようになるはずです。
それで当初の目的は達成できるので、次は個人的に興味のある「意思決定」を掘り下げたいなと思っています。
今年のデブサミ夏の発表でハーバート・サイモンを少しだけ取り上げました。その中で彼の「意思決定論」を知ったのですが、これを認知科学と絡めると新しい発見があるんじゃないかなと期待してます。
もし本当に面白いことが見つかれば、まとめてどこかに持っていきたいですねー。
おわりに
そんなわけで、経営学の本に手を出してみたら役に立ったし面白かったという話でした。
仕事で困ったことがあっても、経営学の知見を借りると解決の糸口が見つかるかも知れません。
そう思わせてくれる貴重な読書体験でした。みなさんにもおすすめです。それでは。
- オープンスペーステクノロジー(Open Space Technology)。自分がコアスタッフを務めているEM Meetupで採用している手法です↩
- ですので、EMConfJP 2025 には非常に期待しています↩
- 三宅宏治(2013), ディスカヴァー・トゥエンティワン↩
- まあ、どちらが先なのか相互作用なのか一体のものなのかは知らないのですけど↩
- 及川卓也・曽根原春樹・小城久美子(2021), 翔泳社↩
- 個々の登場人物のケイパビリティを高められるかは例によって違います。例えば、転職市場なら資格を取るなどして高めることができますが、TCGではカードの文言を自分で書き換えることはできません↩
- 髙沢修一・山田敏之(2024), 財経詳報社↩
- 前掲「現代マネジメントの基礎」, p.115↩
- 「エンジニアのためのマネジメント入門」(佐藤大典(2023), 技術評論社)の内容もこのあたりでした↩